達 -TATSU-

和太鼓・作曲・編曲|Japanese Drums / Composition / Arrangement

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音楽を創る日々

最近のまほろば、次なる公演に向けての打ち合わせが続いています。公演の詳細など情報公開が待ち遠しいです。そして、公演の打ち合わせ以外のまほろばの日々はといいますと、楽曲を創り続けています。長いトンネルの中を歩き続けるような日々、というと少し暗いですね・・・。複数の楽曲を同時に進行しているため、光が見えたと思えば次のトンネルが待っていて、出口があるのだろうかと不安を感じながらも、また一歩踏み出す、そんな日々です。ここでのポイントは、出口がはっきりとは見えていないという事です。作曲のトンネルは、意外と短い時もあれば恐しく長い時もあり、何度作曲してもその道は予想を裏切ってきます。(それは面白さでもありますが。)どうも後ろ向きな空気が流れてきてしまいましたが、もちろん曲は創りたいのです。自分たちの音を届けたいですから。音を届ける事ができるという幸せは何にも代え難いものです。それは演奏をしている時もそうですが、それまでの苦が吹き飛び、自分という人間が存在できている事を深く感じられるような・・・うまく言葉で表しきれませんが、その瞬間があるから日々を生きる事ができています。音楽に救われている。大袈裟ではなく、いま存在している世界がとても輝いてみえる。その時間は素晴らしい音楽と共にあります。だから、曲を作りたいし、その出会いを楽しみたい、音に包まれた日々を積み重ねて、まだ見ぬ世界へと。もう少しこの不安を楽しむような余裕があればな・・・でも次の光りを求めて一歩ずつ進みます。「毎日聴いてます」と伝えてくれた、あなたの言葉がまた力をくれます。ありがとう御座います。

「太鼓と共に」太鼓と僕、その関係性

「小学生になったら太鼓を始める。」 両親は太鼓教室の先生でした。 姉も太鼓を習い、自然と家族共通の話題は太鼓。両親の太鼓の稽古についていき、演奏についていき、祭りにもよく参加しました。自然と太鼓に触れる機会が多く、 気付けば太鼓が好きになっていました。小学生の頃は、「友達と遊びたいのに今日も太鼓か…」なんて思う事もありましたが。 
今思えば、本当に恵まれた環境でした。 太鼓をはじめた当初は、ゲームのように課題をクリアしていくことに夢中になるばかりでした。しかし、とある大切な行事に子供太鼓での出演が決まり、いつもは楽しいお稽古が、とても厳しいものになった事がありました。子供ながらに 「楽しくした方がいいのに」と思っていましたが、その厳しい稽古の理由は、出演が終わった時の拍手により気付かされることになります。より良い演奏をするために、 1つの目標に向かい、ただひたすらに腕を磨く。それが厳しいものだとしても、それを越えた時にしか感じる事ができない感情があると。ずばり、皆さんも感じた事がある成果を挙げた時の喜び、緊張からの解放、「達成感」というものでした。でもその頃の僕にとってそれは、より特別な何か魔法のようなものに感じました。この時のことは、今でもよく覚えています。何故なら、「もう太鼓を辞めようかな」(早すぎる!)と思っていた時に起きた出来事だったのです。(辞めようと考えていたのは、この頃の一度だけ。)以後、さらに稽古に身が入るようになり、技術を向上させること、作曲をすることなどの楽しみを知り、無事に (?) 辞めることなく、この時の出来事がきっかけで、太鼓の世界へと深く入っていくことになりました。幼い頃から、太鼓はとても身近な存在でした。話しを聞いてくれる友人のようで、僕の想いを受け止め、共に伝えてくれる相棒のようでした。いつしか、学びを与えてくれる家族のようになり、人生の困難に希望を与えてくれる、生きる支えになりました。太鼓よ、 今後とも、末永くお付き合いのほど宜しくお願い致します。